広東語は何故通じないか
(このページははウイズダム広東語学院の田講師から提供された文章を元に、一部手直しして掲載しています)


【どっちが速い?】
 全く同じ能力の香港人と日本人がいて、全く同じような条件で香港人が日本語を、日本人が広東語を学習し始めたとすると、映画を見てほぼ全体を聞き取れるようになるのに要する期間はどちらのケースのほうが短いでしょうか?
 
 香港人が日本語の映画を聞き取れるようになるのに要する時間のほうが遥かに短いんです。そんな馬鹿なと思われるかも知れませんが、はっきりとした事実です。しかも多少の差ではありません。所要期間は多分半分よりずっと短いと思います。

 何故それほど大きな差が出るのでしょうか。

【どっちが通じる?】
 ごく平均的な、同じ程度の能力の香港人と日本人がいて、全く同じような条件で香港人が日本語を、日本人が広東語を学んで、仕事をしながら教室に週1で通って2年必死になって勉強したとします。

 その香港人が日本に来て日本語を話したとすると、その香港人はある程度のことが話せるでしょうし、発音や文法がそれほど正確でなくとも、話した言葉はほぼすべて通じるでしょう。皆さんの友人の中に香港の人がいれば、その人の日本語を考えてみて下さい。がたがたの文法とがたがたの発音でも、何を言っているのか殆ど判らない ということは無いでしょう。

 一方、日本人の話す広東語の方は、あまり通じないでしょう。今お話している例は、ごく平均的な能力の人のケースですから、勿論そうでない方もいらっしゃるでしょうが、中文大学や香港大学に2年間留学しても、殆どの場合はまともに話せる状態にはなりません。日本で学習しようと、香港で学習しようと、簡単な言葉が通じないのです。

 一番分かりやすいのは、話の場とは無関係に、常用単語を集めた語彙集のようなものから無作為に単語を拾い出して発音してみるという方法です。この方法を使用しても、出てくる言葉は日常的な言葉ですから、香港人が日本語を発音した場合、大部分は日本人は聞いて分かります。ところが、逆のケースでは日本人の発音する広東語の単語は殆ど通じないのです。

 何故それほど大きな差が出るのでしょうか。

【何故なのか】
 勿論、上記の香港人の日本語と日本人の広東語のレベルは同じです。全く同じ能力の人が、同じような条件の下に学習したのですから。

 香港人のほうが映画を聞き取れるようになり、香港人の話す日本語のほうが通じるというのは、香港人の日本語のレベルの方が高いからではないのです。そのことを明確にするために、わざわざ「同じ能力」とか「同じような条件」と言っているのです。

 それで何故このような大差がつくのか、その点が大事なのです。

【原因は音節数】
 原因は単語を構成する音節数の違いにあります。日本語では、一つの単語を構成する音節数がかなり多いのに対して、広東語ではかなりの部分の単語がたった一つの音節からできているということです。「わたくし」は4音節であるのに対して、「我」は1音節です。

 香港人が日本語を聞く場合、「わたくし」という4つの音節が発音されている間にその音を聞き取り、その意味を理解すればいいのです。4つの音節のうちの一つがはっきり聞き取れなかったとしても、他の3つの音節によって支えられますから、その単語が聞き取れなくなることにはなりません。勿論、その次の単語も同様に聞き取れます。

 一方、日本人が広東語を聞き取る場合、「我」というたった一つの音節が発音されている間にその音を聞き取り、その意味を理解しなければならないのです。その一つの音節が聞き取れなければ、その単語自体がなくなってしまうのです。

 広東語は多くの単語が1音節ですから、1センテンスはごく少ない音節数で構成されています。そのほんの少しの音節の中で2、3音節聞き取れなければ、もうそのセンテンスの意味は全く分かりません。「えー? 何て言ったんだ?」 などと考えているうちに、見ている映画の台詞はもっとずっと先まで行ってしまい、その間のセンテンスも聞き取れません。
 
 かくして、画面と字幕に頼って推測する以上のことができないままに映画は終わるのです。

 発音に就いて見ても、香港人の話す日本語の発音が綺麗な訳ではありません。ひどいものです。日本人の広東語の発音も同じ程度にひどいものです。それなのに、香港人の話す日本語は通じ、日本人の話す広東語は通じないのです。

 原因はやはり音節数。相当ひどい発音でも、ひとつの単語が数音節から成っていれば、相互に支えあいますから意味は通じます。「わたくし」という言葉のアクセントがどのように発音されようと、発音が訛っていようと、大抵の場合は通じてしまいます。

 でも、広東語の場合はそうはいきません。発音が正しくても、声調がちょっと間違っていれば別の意味になってしまいます。「ngoh」は5声で発音すれば「わたくし」ですが、6声なら「お腹が空いている」、1声なら「(大小便を)する」、4声なら「蛾」。
 
 「カオ」のような音を言えば、「犬」、「男性性器」、「十分だ」、「渡す」、「古い」、「救う」、「プラスチック」、「混ぜる」、「教える」、「お願いする」、「(異性を)引っ掛ける」、「ボタンを掛ける」、「頼る」等等、まだまだ沢山の意味の可能性が出てしまうのです。今挙げた13の単語は、同音異義語は含めていません。同音異義語を含めればこの数倍、日常単語だけでも数十の数になります。これほど多くの意味が生じてしまうのですから、「多少発音が狂っていても、聞き取ってくれたっていいじゃないか」というほうが無理な話です。

 この13個の単語は全て発音や声調が異なっており、正確に発音すれば13個とも別の発音になります。当然、きちんとした発音でなければ、全く意味は通じません。通じることがあったとすれば、それは相手が会話の「場」や前後関係から推測してくれたに過ぎません。

 このような訳で、「極めて正確な発音」の重要性は、日本語においてよりも広東語において遥かに大きくなるのです。香港人広東語講師の方の話には、よく「声調なんかに気を取られてはいけない。大体でいいのだ」、「発音の細かいところに拘っていると上達しない」、「声調や発音より、流れ良く、すらすらと話すほうが大事で、そうすれば通じる」というような話が出てきますが、かなり出鱈目の発音でも殆ど通じ、日本で生活していけるという彼ら自身の経験を、無反省に広東語に当て嵌めて導き出した 「誤った推論」であり、何の根拠もありません(詳しくは、「基本的な考え方」の【ネイティブは発音を知らない】を読んで下さい)。

 広東語の発音というのは、例えばこの13個の単語をきちんと発音し分けられなければ意味が無いのです。意味が通じなければ、言葉を話していることになりません。「大体でいい」とか「適当にやればいい」等の発言は無知をさらけ出している以外の何ものでもありません。

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